副業・ライター

ある男のつぶやき~3000文字チャレンジ「アジフライ」~

嫌な世の中になったもんだな。
詐欺が横行して、それに引っかかる奴も増えてきている。しかも、本物と偽物の区別すらつきにくくなっているらしい。偽物と気付かずに食いついたら、あとは奴らの思う壺だぜ。
俺か? 俺は大丈夫だと思っていたさ。日頃の教えがあったからね。
「世の中そんなにウマい話は転がっていない。だから目の前にウマい話が現れてもしっかり確認して疑ってかかれ。決して不用意に手出しするな」
これは死んだじいちゃんの代から常々言われてきたことだ。だから父ちゃんにも母ちゃんにも口を酸っぱくして言われてきた。
それなのに、それなのに……
今日は、そんな俺がこの数日の間に遭ったひどい話を聞いて欲しい。

俺はツレ達と一緒にちょっとした広場を散策していたんだ。狭い路地じゃねえ、ちゃんとした見通しの良い広場だ。だから誘惑も少ない場所のはずなのによ。それが何だよ、急にツレも一緒にいいように吊し上げやがって。一体俺らが何をやったってんだ、え?
抗議してやろうと口を動かしたんだが、強面の奴らはそれを封じるように冷や水をぶっかけてきやがった。大人しくしろってか?
「俺だって黙っちゃいねえぜ。出るとこ出てやるから覚悟して待ってろよ、この野郎!」
俺は精一杯心の中で叫んだんだ。
それが……ほんの2~3日前の話さ。ちなみに正確な日は分からねえ。そのガタイのいい奴らに威勢よく吊し上げられて、俺はいつの間にか気を失っちまっていたらしいからな。気付いたら今ここにいるわけだ。

それで、ここはどこなんだ? ツレの姿を探そうとするんだが、身動きが取れねえ。そして……代わりといっちゃ何だが、隣でカワイイお姉ちゃんが寝てるじゃねえか。おい! 大丈夫か、しっかりしろ! ……って、俺も大丈夫じゃねえんだけどな。
いやいやお姉さん、ちょっと近すぎじゃねえか? そんなピッタリくっつかれるとコーフン……じゃなくて、今は3密とかソーシャルディスタンスとか言われてるご時世だぜ。
いや待てよ。これは運命の出会いかもしれねえな。このお姉ちゃんとこれから仲良くやっていけたら俺はバラ色の生活を送っていけるぜ。お姉ちゃん、これからよろしくな!……って、無視すんなって。
それにしても……くっ、身動きが取れねえぜ……おい! そこのオバハン! 俺達を助けてくれ!!

オバハン、本当にありがとうよ。恩に着るぜ。ところで、連れてきてもらったのはいいが……ここはどこだ? なあ、お姉ちゃん知ってるか? アンタ、さっきからいやに落ち着いてやがんな。まさか……ひょっとして、ここはアンタの実家か?
そうか、分かったぞ! 俺らを吊し上げて水ぶっかけた奴らはアンタの手下だったのか。それで、この優しそうなオバハンもその一味か? そんなことせずに普通に声かけてくれりゃホイホイついていってやったのに、やけに乱暴なやり方だな……しかもいやに展開が早いじゃねえか。いきなり実家に連れて来るんじゃなくてよ、こういうのはまずお友達から始めるもんじゃねえのか? それからお手紙のやり取りして、公園でお手々つないで、そんでもって夜景でも見ながら……ムフフ
って、ムフフじゃねえよ! ああ、ムフフって言ったの俺か。失礼。それでオバハン……じゃなかった、お義母様、これから俺達はどうすりゃいいんで?
目で分かったよ。「いいからそこに寝てろ」ってな。……っておい待てオバハン! 密室にお年頃の男女を侍らせておくって感心しねえな。こらこらこら、扉を閉めるな! 「あとは若い者に任せて」ってか? 勘違いすんじゃねえよ、俺達はキスどころかまだお手々も握ったこともねえんだぞ! それを暗いお部屋でいきなり子作……おいお姉ちゃんも何か言ってやれよ、あんたの母親なんだろ? 違うのか? ってコラ、狸寝入りなんかしてる場合じゃねえよ!
何だか寒気がするな。俺の熱い心も凍り付くようだぜ。 ああ……俺も何だか眠くなってきたや。じゃあお言葉に甘えて寝かせてもらうがよ……いや、寝かせて頂きますが、決してお宅のお嬢様には手を出しませんので安心してZzz……

しっかし、おっそろしいオバハンだぜ。寝起きに垢すりマッサージみたいに擦られて、体触りまくられて骨抜きにされたと思ったら、いきなりコナかけてきやがって。いえいえですから、お宅のお嬢様とは何もありませんって……今のところはね(ムフフ)。ただ連れ去られて、気付いたら隣で寝てただけ……って、信じてねえだろ? 俺だって信じられねえんだよ。でも聞いてくれよ、本当なんだよ
あっ、俺が白状しないからって今度はお姉ちゃんにまでコナかけてやがる。でも事実は事実なんだから、いくらコナかけたって口は割らないぜ。というか、お姉ちゃんもやられ放題じゃなくて何か抵抗してみろよ。
にしても、家族だか何だか知らねえが、お姉ちゃんもすげえ気の許し方してんな。そんな大股開きで随分とあられもない姿をさらけ出して……そんなん見せられたらこっちまでコーフンしちまうじゃねえか。あれ? じゃあ俺は今どんな格好してるんだ?

おお、今度は風呂まで入れてくれるのか? 随分とサービスいいじゃねえか。
……アツッ! それにしても、ここの風呂は熱いな。ヤケドしちまいそうだぜ。ヤケドすんのはそこのお姉ちゃんのハートだけにしておきたいぜ。……まあしかし、ずっと入っていれば気持ちのいいものだな。
おっと……お姉ちゃんも風呂入ってたのか? 風呂上がりにまたこんがりいい色の衣羽織らせてもらってんだな。それもまた魅力的でいいぜ♪
あれ?お姉ちゃんと一緒に寝かせてはくれないのか? 俺は風呂も入ってやっとお姉ちゃんとムフフな気分になってきているとこなのにな。……まあ、緑色のフカフカなお布団が隣にあって気持ち良いからいいか。
まあるくて白いシングルベッドが4つか。お姉ちゃんと水入らずかと思ったら、いつの間にお仲間が増えたんだ? あいつらもここで寝かされるのか?
なんだか知らねえが、ベッドの隣にあるのは茶色いプールか? 四角くて白いのは浮き輪か何かかい? 泳ぐにしちゃあ随分狭いな。あれじゃあ浸かることもできねえよ。

おや? おチビちゃん、一体誰だい? そんなにじっと俺を見つめてどうしたんだ? おいおい、俺に惚れるとヤケドす
「え~~~!! 今日はエビフライだって言ってたじゃんか!!」
「言ってないわよ、アジフライよ。あんたが聞き間違えただけでしょ?」
「イヤだよぉ、アジなんて。エビがいいんだよぉ!! パパも何か言ってよ!」
「アジフライはサクサクしていて美味いぞ。食べてみろよ」
「エビは高いのよ。それに、パパも言ってるでしょ? アジは美味しいし栄養もいっぱいあるのよ。しっかり食べてね」
なぁ……君達は何を言っているんだ?
「今度はぜったいぜったいエビフライにしてよね!」
「約束だよ!」
「いっただきま~す!!」
ちょっと待て! ちょっと待ってくれ!! 頼む、一つだけ教えてくれないか?
お姉ちゃんとつないだり、ムフフなときに出したりする「手」ってやつは、俺のどこについているんだ?
あと、これはアンタに聞くべきではねえんだろうけど
俺は途中から、どこの頭で考えて、どこの目で見て、どこの口で喋ってんだ?
そうそう、オバハン……失礼。あんたのママに骨抜きにされたあたりからだよ。
……まあいいさ。俺は美味いらしいぞ。栄養つけて大きくなれよ、チビちゃん。

ああ……来世はエビに生まれてこようかなぁ。
なあチビちゃん。
それだったら、フライになって出会ったときに喜んでくれるかい?
でも……やっぱもう一回アジでいいかな。
またツレ達と青い海の広場を自由に泳いでさ……
それから、今度はあのお姉ちゃんとお手々つないで
サンゴのきれいな夜景でも見に行きたいぜ。

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