副業・ライター

命の値段~3000文字チャレンジ「ギャンブル」~

「姉ちゃん、助けてくれ! 俺殺される」
叔父がそう言って駆け込んできた場面だけは、幼い頃の記憶に残っている。
家の中に駆け込む足音。
足を離れ、宙を舞った靴。
それが空中で頂点に達し
今度はスローモーションのように回転しながら
玄関に裏返しになって着地した。

……明日は雨か。
叔父の命の危機よりも
明日お外で遊べないかもしれない
という、占いの結果が気になるお年頃だった。
叔父の年齢から引き算すると
当時、小学校低学年だったはずだ。

その頃大学生だった叔父は
長姉である母のいる実家によく遊びに来ていた。
母方のきょうだいの末っ子であるこの叔父は、きょうだいにもイトコにも「上」がいなかった私にとってはただ一人の「お兄ちゃん」的存在。そのため、色々な機会によく遊んでもらっていた。

叔父のことを、私達イトコは「あっちゃん」と呼び、イトコ全員あっちゃんが大好きだった。
ところがあっちゃんは、きょうだい(母や、他の叔父叔母)や両親(祖父母)からは『バカの代名詞』みたいな扱いを受けていた。
私も言われた覚えがある。
「勉強しないと、あっちゃんみたいになるよ」と。

家の中に飛び込んできた、あっちゃん。
リビングに入るなり、カーテン越しに外の様子を伺う。
「上手く逃げられたかな」
「姉ちゃん、誰か来ても俺はいないと言ってくれ」
震える声でうわごとのように繰り返していた。
そんなに怖いなら
窓から外なんて見ていないで、炬燵の中に隠れたらいいのに……
幼心に感じたツッコミは
今でも正しいものだったと確信している。

「ところで」
怯えているあっちゃんに向かって、母が話しかけた。
「何飲む? Takaが飲んでるジュースならすぐ出せるけど」
「あ、コーヒーがいいな」
「分かった。Takaの相手でもしとって」

このとき、あっちゃんは誰に狙われていたのか。
私と遊びながら、早口で母にまくしたてている。
競馬場がどうとか会話に出てきていたようだが
それ以上の記憶がないということは、幼い頭で理解できる話ではなかったのだろう。
あっちゃんは大のギャンブル嫌いで、私が学生時代に競馬の話をしても
「そんなもんにのめり込むなよ」
とよく叱られていたくらいだ。
ということは、ギャンブルが理由で誰かに追われていたとは考え辛い。
記憶はその辺りで途絶えているが
あっちゃんは今も生きているので、刺客が任務を遂行するには至らなかったことなる。
それにしても、あっちゃんは甥の目から見ても変わっていた。
やはり、大人達が言うように「バカ」だったのだろうか。
あっちゃんとの記憶は、他にもある。

ある日、遊びに来たあっちゃんに
「おい、釣りに行くぞ」
と誘われた。
母にとっても、まだ幼なかった弟の世話に集中できるから好都合だったのだろう。
あっさり許可がおりた。
「気をつけてね」
近くの川までは、歩いて10分くらいである。
ところが……
あっちゃんは、川にたどり着く前に小さな農業用水路を見つけ、そこに釣り糸を垂らしたのだ。
「あっちゃん、川はもっと先だよ。そんなとこに何もいないよ」
「ここでも魚が泳いでたのを見たぞ。まあいいから見てろ」
甥の忠告を無視し
釣竿の真ん中あたりを持ち、ちまっと釣り針を投げ入れている。
ここに魚がいる?
それが本当なら……
そんなもん、釣り糸を垂れなくても
タモか何かでひとすくいすれば一網打尽であろう。
呆れて一人帰った甥を気にもかけず
あっちゃんはそこで3時間くらい釣り糸を垂らし続け
暗くなってから帰ってきた。

「全然魚いねえな」
だから言っただろ……
甥の陰ながらのツッコミと、息子の報告を聞いて呆れ果てた姉の冷たい視線を浴びながら、あっちゃんはさらりと言った。
「姉ちゃん、魚釣れんかったけど晩飯食べて行っていい?」

「何か変な人がここで釣りをしていた。ここら辺に何かいるはず」
近所のお兄ちゃん達が大騒ぎしていたのは、それから数日後のことである。
間違いなくあっちゃんだ。
変な人であることは、甥である私が保証する。
しかし、何もいるはずはない。
私は恥ずかしくて、お兄ちゃん達にそれらの事実を伝えられずにいた。

それから数日経ったある日。
その用水路に続く田んぼで、大きな鯉が捕まえられたという噂を聞いた。
「この前の大雨で、川から迷い込んだんだろうねぇ」
その噂を聞いた友人のお母さんの推測である。

それから5年以上の年月が流れ
あっちゃんは家庭を持ち、盆と正月くらいしか会えなくなった。
私は、高校受験に備えて情報を集めていたのだが……
ふとした拍子に、あっちゃんの母校の名を見つける。
「あれ? 進学校じゃないか」
叔父や叔母、祖父母までが口にしていた
「全く、何やってんだか」
「あんたら(イトコも含め)、ああいうバカな大人になったらあかんに。ちゃんと勉強しなさいよ」
という言葉が耳元で蘇る。
そういえば、あっちゃんはあの世代で大学まで行っているじゃないか。

「あっちゃんはな、期待され過ぎたんだ。だからバカじゃないんだよ。むしろ逆かもな」
父の話だ。父はこの義弟を実の弟のように可愛がっていた。
「でもなぁ。あれだけの力があれば……っていう部分は、俺も同じ考えだな」
なるほど。何となく掴めてきた。
あっちゃんは「ただのバカ」ではなかったのだ。
確かに、節々で感じた天才肌。
東大に入ったら幸せになれるとは限らない。
しかし、学歴社会の真っ只中で
「あれだけの地頭があれば、もう少し……」
と考える(当時の)大人の気持ちも、まあ分からないではない。

そういえば
私がライターとなったのは
「文章を書くことが好きだった」のが理由であるが
文章が好きになったのも、今思えばあっちゃんのお陰だ。
夏休みの作文を見てもらったときに、あっちゃんに早い時期から叩きこまれたことがある。
「お前さあ、文章の終わりに”でした””ました”ばっかり使って読み辛えんだよ。自分の文章、書き終わったら自分で読んでみな」
あっちゃんに教えてもらうようになってから、作文で賞をもらう機会が増えた。
やっぱりあっちゃんはタダモノではなかったのだろうか。

数年前。
祖母の葬式で、あっちゃんと10年ぶりくらいに会った。
祖母も大往生だったので、葬式が終わると一同は昔話に花を咲かせ
暗い雰囲気は感じさせない。
私達兄弟と他のイトコ達は、あっちゃんを囲んで昔話に夢中になった。
「あっちゃん、俺聞きたいことがあった」
「何だ?」
「小さい頃さ、殺されるって言って俺の家に駆け込んで来たじゃん」
「お前、よく覚えてるな! まだ赤ん坊だったんじゃないか?」
「それはコイツ(弟)だろ。ところでさ、あれは何だったの? 何から逃げてたの?」
「それ何? あっちゃんらしいな」
他のイトコ達も興味津々で会話に入ってくる。
「あのときな、競馬場でレース賭けてたんだよ」
競馬場がどうこう、という自分の記憶は正しかったのか。
それでもなお、意外な告白を聞いた気がした。あっちゃんはギャンブルが嫌いだったはずだ。
「生まれて初めて競馬場に行って、第1レースで訳が分からなくて誕生日の数字を買ったんだわ。そうしたらそれが来ちまって。万馬券ってやつか?」
「何それ。すげえ羨ましいじゃん」
「払い戻したら、色んなところで視線を感じてさあ。ギャンブルなんてやるもんじゃねえよな」
じゃあ競馬場に何しに行ったんだ?
なんで馬券買ったんだ?
競馬場まで馬券外しに行ったのか?
ツッコミ所満載で、周囲はもう笑うしかない。
「お前ら、笑うけどな……競馬場の外に出ても怖い奴らに追われて、俺は必死だったんだぞ」
「いや、だからさ。どうせただの妄想だろ? 誰がそんな理由で後つけたり命狙ったりするんだよ」
私の突っ込みに、イトコ全員が笑い転げる。
「そんなことないさ。ずっと後ろにカローラが付けてたんだぞ」
「あの時代、カローラしか走ってねえじゃん」
周囲が笑いに包まれる中、私は核心の質問を投げかけた。

「で、あっちゃん。そのとき、いくら払い戻したの?」
命を狙われる(と妄想する)金額……100万円か、あるいは……
「ああ。100円賭けたらな、それが2万8千円になったんだ。だからもう次からのレースやらずに逃げた」
「ほえ?」
「はあ?」
私も含め、女性陣も含めたイトコ全員が言葉にならない声をあげた。
それで逃げたのか? 身の危険を感じて?
あっちゃんの娘が、私達の思いを代表して父親にツッコミを入れる。
「お父さんの命の値段って、2万7千900円だったの?」
いつの間にか話の輪に入っていた叔父や叔母、(私の)両親までが一斉に笑った。
「そりゃ傑作だわ。ばあちゃんも今頃一緒に笑ってるよ」
※ちなみに、母は(弟が駆け込んできた)この話のことは何も覚えていなかったらしい。まあ……そういう人である……

それから怖くなって一切ギャンブルはしなくなった、というあっちゃん。
なるほど、彼のギャンブル嫌いはここから始まっていたのか。
しかし、それ自体は「アリ」だと思う。
だいたい、ギャンブルでプラス収支のひとは世の中に何人いるだろうか(どちらかというと、収支がどうこうよりは「趣味」としてやっているパターンが多いだろう)。
私も、勝っているつもりでいるが、きちんと計算すれば恐らく……
それをあっちゃんは、プラス2万8千円近くで「生涯利益を確定」させたのだ。

もしや、あっちゃんはバカではなく利口だったのではないだろうか。
あっちゃんはバカか、利口か。
貴方はどちらに賭けるだろうか。
ちなみにこの賭け、私は見送る。
だって、どちらの結果が出ても、それはそれで「あっちゃんらしい」から。

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