副業・ライター

夢と現実の狭間~3000文字チャレンジ「道」~

お久しぶりの記事です。
私事ですが、只今少し目標に向けて時間を費やしていまして
とりあえず落ち着く秋までは、あまり記事も書けないと思います。

そんな中
何となく、通勤電車の中で書いてきたものが3000文字積み重なったので、記事に上げてみます。

今回テーマに選んだのは「道」。

つい先日、仕事で裁判所に出かけた帰り道
名古屋駅まで歩いて帰ろうかと思っていたのですが
そこで雷が鳴り始めました。真上には黒い雲が……

慌てて名古屋市営地下鉄の丸の内駅に潜り込んだ私。
雨に降られずに済んでラッキー^^
……なんて思いながら地下道を歩いていったのですが。

丸の内ぃ……
近すぎて今まで歩いて通り過ぎていたため
初めて使用しましたが、何ですかこの地下道の長さは……

道を必死に歩き、曲がり角に差し掛かりました。

丸の内ぅ……
官庁街にお勤めの方、こんな道を毎日通っているんですね。
お疲れ様でございます。
さあ、今度こそ曲がり角ですよ♪

丸の内ぇ……
二度と乗るかちきしょ~。
でも、雨を凌げたのは感謝します……

さて、ここから3000文字チャレンジです。
今回はあまり「笑い」はないかも。
それでは、お付き合いください。

3000文字チャレンジ、スタート♪

〜あれ? こんな道あったっけ?〜
散歩をして少し足を伸ばすと、たまに出くわすシーンだ。
このまま冒険気分でその道を進むと
その先にあるのは
新しく繋がった場所の発見か
あるいは、夢の終わりか。

夢の中で出くわす道は、何故あんなに魅力的なのだろうか。
行きたい場所に辿り着くどこでもドアであり
懐かしい時代に辿り着くタイムマシンでもある。
その前に
そのあまりにも非現実的な出来事に
「いい加減夢であることに気付け」
とツッコミを入れたくもなるのだが
何年いや何十年経っても気付かずその世界に入り込む。
子どもの頃は
「大人になったらすぐに気付いて『騙されずに済む』んだろう」
なんて思っていたのに。
気付かないのは、現実の世界に戻るのを拒否しているからなのか。
いや、決してそうとも言い切れない。
新しい道を夢に見るときに、現実の世界に不満があるわけではないから。

現実の世界に戻る。
私の住む地域から少し離れた場所に、宅地の造成を盛んに行っている地域がある。
散歩でその地域を歩いたとき、見慣れない道を見つけるのは容易だ。
実際に、その道を歩いてみる機会も多い。
方向から、だいたいの「出口」の見当をつけながら歩を進めていく。
ところが、最近はどうも平たい場所でよく躓くようになり、足元をしっかり見て歩かないといけなくなった。
これは老化現象なのか。
単なる運動不足という見方もできる。
どちらにせよ
出口の見当をつけるのは良いが、そのために遠くの目標物を見続けるなんてもってのほかだ。

今回もまた散歩の足を伸ばし、造成地から新しく伸びた道を歩いてみた。
そこそこ人口の多い地域でありながら、その新しい道には拓かれる前の面影も見える。
道の両脇に広がる、まだ何もない緑の大地。
少し先の街並みがたまたま死角に入ると、まるで高原のドライブウェイを歩いているようだ。
鼻歌まじりにリズムよく……それでいて転ばないように足元を気にして……道を歩いていく。
新しい道ですれ違う人もないので、マスクを外してみた。
まだどことなく残る緑の匂いと、アスファルトの匂いが調和する。
新しい道なのに、この懐かしさは何だろう。
この道は いつかきた道
……なんてことは
私の前世がこの辺りに住んでいたタヌキでもない限りあり得ない。
……誰や。
今「それで今世はタヌキ親父なのか」とか抜かした奴は。
おっと、また躓いた。
そういえば、被害妄想が強くなるのも老化の兆しだとか聞いたな。
覚束ない足取りで、独り言を呟きながら
そういえば、独り言が多くなるのも
……もういい。

さて、どこまで道を歩いただろうか。
足元ばかり見ていたはずなのに
考えごとをしているうちに、いつの間にかアスファルトの舗装はなくなり、横に草の生えた道を歩いていた。
高原のドライブウェイを思わせる道の続きは、森の匂いが広がる山道のようだ。
周囲には木々が立ち並び
森の匂いに包まれている。
歩くうちに横からはみ出したドクダミを踏むと、あの独特の香りが鼻先を通り抜けていく。
やがて、森の奥から水音が聞こえ始め、木々の隙間から蝉の声が降り注いできた。

そういえば
私は、蝉の中でもひぐらしの声が大好きだ。
夏休み。祖父母の家に泊まりがけで遊びに行くと、朝夕ひぐらしの声を聞いた。
都会では聞けない声である。
「あんなもんのどこが良いのかねぇ。変わった子だのん」
笑った祖母の優しい顔が浮かぶ。
祖母にとっては、ひぐらしは朝早くからけたたましく鳴いて起こされる騒々しい存在でしかないという。
それでも
「じゃあ、これからはばあちゃんも好きになるようにするでね」
と優しく笑ってくれた、そんな祖母の表情が脳裏に浮かぶ。
ひぐらしは、祖母の家近くの清流に泳ぎに行く際にもよく聞いた。
川に下っていく薄暗い森では、せせらぎの音とともに、本来は朝夕の薄暗い時間帯に鳴くひぐらしの声も絶えず降り注いでいた。
~今から川で泳いで、魚を釣るんだ~
そんなワクワクが詰まった風景は、途中の山道で踏みしめるドクダミの香りに包まれ、バックでは常にひぐらしの声が流れる。

歩いていくうちに、森の出口にさしかかった。
ここは、祖父母の家の裏庭か。
旧式の洗濯機を使用している祖母と母・そして叔母たちの姿。
脱水の際には、取っ手を回して洗濯物を絞り出している。
「ああ、またボタンで引っかかったに!」
一番元気の良い叔母の声が
ひぐらしの声とぶつかり
驚いたひぐらしが一斉に鳴き止む。

……うん?

道はいつの間に昔の祖父母の家に繋がったのか。
時空も40年かそれ以上遡った。
どこか懐かしい、また夢の続きを見たい気分になって目を閉じたが
次に聞こえたのは、けたたましく鳴くひぐらしの声ではなく
スマホの目覚まし音に設定したクラシック音楽だった。
ああ、いっそのこと
目覚まし音をひぐらしの鳴き声にしてしまおうか。
ばあちゃんのように、ひぐらしの声が嫌いになるかもしれないが。

朝起きて、夢の内容を覚えていたとき
道を歩いていた夢の場合は、続きが見たくなることが多い気がする。
夢で見る道の続きは、自分の行きたい場所に繋がっているのだろうか。

旧式の洗濯機を祖母や母・叔母が囲んでいるシーン……懐かしかったなぁ。
あの時代、自然が溢れていた反面、不便な思いをしたことも時折あった。
しかし、その中には「楽しい不便」もあったように感じる。
それにしても、思い出は美化されている部分もあるだろう。
この、今現実に通る道にも幸せは沢山ある。

現実の世界で歩く散歩道。
新しい道で、自分自身の今も一緒に歩んでいく。
そこに、どこでもドアもタイムマシンもない。
今を生きていくために、躓かないよう足元を気にして歩こう。

前歩いたときと同じように
道にひと気がないことを確認してマスクを外す。
そこに、前からおばあさんが杖をついてやってきた。
マスクをはめ直し、徐々に近付いていく距離感を気にしながら、すれ違うタイミングを計る。
おばあさんの足元がどうにも覚束ない。
杖をつき車を押しているのだが、車ごとひっくり返るのではないかと冷や冷やする。
おばあさんが前を向いたとき、私は声を上げそうになった。

……ばあちゃん!……

そんなわけがない
とすぐに気付いた時点で、この前とは違う。
これは夢ではなさそうだ。
近寄るにつれて、他人の空似だったことも分かってくる。
おばあさんと間もなくすれ違おうというとき

「あっ」

ひっくり返った

……のは、私の方だった。

「あらあら、大丈夫ですか?」
優しそうなおばあさんの顔が覗き込む。
なんと恥ずかしい場面か。
だからあれほど、考えごとをしながら歩くなと自分に言い聞かせていたのに。
「大丈夫です。すみません」
本当に恥ずかしい。
これこそ、夢であって欲しい。
夢にしてください。
どこでもドアかタイムマシンで、どこかに飛ばしてください。
助けて、ドラえもん。

「大丈夫そうね。気をつけて歩いてくださいよ、アスファルトは硬いから痛いでしょ」
おばあさんが去っていく。
私が振り返ったそのとき、おばあさんも同時に振り返って目が合った。

「やれ、Takaは相変わらずそそっかしいのん。これからはちゃんと足元を見て生きていかないかんに」

いや、実際には絶対そんなことは言っていない。
何故ならそこにいるのは祖母ではなく、さっきすれ違っただけの見知らぬおばあさんであり、そしてこれは現実の世界なのだから。

自宅までの帰り道
遠回りして、小さな頃によく通った商店街に入った。
この道もまた、自分にとって大切な場所だ。
立ち並ぶ店の数々。
そうだ
お店で、ひぐらしの鳴き声の入ったCDでも探してみよう。

ヒーリング音楽の、ちょうど試し聞きできるコーナーにめぼしいCDを見つけた。

「川のせせらぎとひぐらしの鳴き声」

その番号を押し、ヘッドホンに耳をあてる。

……あれ?
何も聞こえないな。壊れているのかな?
おじさん、これ壊れとるがや

……って、ちょっと待って。
そもそも何でここに故郷の古い商店街通りがあるんだ?

ヘッドホンから

クラシック音楽がけたたましく鳴り響いた。

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