副業・ライター

未来からのピコピコハンマー~3000文字チャレンジ「わくわく」~

あれ?
お腹出てきたね

女性に対して絶対に口にしてはいけない一言。
普段そんなことを口にしたら
ハンマーでフルスイングの一撃を食らいかねないだろう。
しかし、それを満面の笑みで口にできるひとときがある。

そう。
今回は、娘が産まれたときの話にお付き合いいただきたい。

お腹にその存在を確認してから
もう毎日ニヤニヤが止まらなかった。
しかし、それを周囲に気取られることが嫌で
表情に出ないよう必死に取り繕っていた記憶がある。

全く、何をやっているのやら。
あの頃に戻って、後ろから金槌で思いっきり殴りつけてやりたい。
「嬉しいんだから、笑っていろ」と。
・・いや、我が身といえど、金槌は流石に可哀想だな。
ピコピコハンマーくらいにしておくか。
ピコ。

それからも、私は妻とあちこちに出かけまくった。
恐らく、妻は「大人しくしていたい」と思っていたはずだ。
「妊婦さんは運動しないと」
なんて、こっちが張り切った結果……
妻はニコニコしながら付いてきてくれた。
しかし、後日談で「あのときは大変だった」と知ることになる。
これもあの頃に戻って、一撃食らわせておこう。
独りよがりで突っ走るな。ピコ。

妻と出かけた色々な場所。
当時行われていた、愛・地球博
愛知県内や近隣の観光名所
野球観戦は、東京(神宮球場)にまで出かけた。
しかし! しかしである。
お腹の大きな妻が被写体になっている写真は、たった一枚しかない。

写真が嫌い? いやいやとんでもない!
あちこち行っては、むしろ平均よりもかなり多い枚数撮りまくっていたのに。
当時の私の言い訳を聞いてみよう。
「風景写真とか思い出を沢山撮って、あとで二人で見ようかと」
ならば、その時しか撮れなかったお腹を何故撮っておかなかったのか
この大バカ者め。ピコ。

お陰でかどうか知らないが
四季桜とともに夫婦で写真を撮ってもらったのは
貴重な思い出となっている。
って、うまくまとめて誤魔化そうとしてんじゃねーよ。ピコ。

娘は、冬の寒い日に産まれた。
産婦人科に夫婦で出かけたとき
何となくいい加減っぽい雰囲気の先生が
「予定日ね。まあ、1月1日にしておきましょうか、あっはっは」
と言いながらノートに記入していた光景を思い出す。
何言ってんだこのオッさん。
ただ、だいたいの目安はもらえて
それからは指折りしながらその日をわくわくしながら待つことになる。

その年の冬は、記録的に寒かった。
増して、冬になったと思ったらすぐに大雪に見舞われた。
名古屋で12月の半ばに雪が積もるなんて、その年以来ないのではないか。
その当時住んでいた家の駐車場には
お隣の子が作った大きな雪だるまが居座り
何日もの間、私達の出入りを見送ってくれていた。

わくわくが続く中で、心配事が寒風に乗ってぶつかってくる。
〜大雪の中で産気づいたらどうしようか〜
車でよくスキーに出かけていたのもあって
雪道の運転は普通の人よりは慣れてはいる。
しかし、急がなければならない道程で冷静に雪道を運転できるのか。

そして、クリスマスの日。
また名古屋では大雪が降った。
みるみる積もっていく外の風景
まるで雪国に来たかのような銀世界。
一応はしゃいではみる。
しかし
何がホワイトクリスマスだ。
わくわくと、気が気でない方のドキドキと
両方が行き来しながら、暖かい部屋の中。

「あっ! 動いた♪」
「早く出てこいよ〜。一杯遊んでやるからな〜」
その言葉に反応するように
お腹の形が変わるくらいにモゴモゴと動き出した。

あっ、待って。
やっぱり今日出てくるのはやめて。
雪道を今から走るのは大変だから。

今の様子を見ようと、カーテンを開ける。
街灯の光が、雪にはね返されながら降り注いできた。

正月を迎えた。
何とか、年末の大雪はとけてくれている。
隣の子が作った雪だるまとお別れしたのは残念だったけど
あとは、このまま雪が降らずにその日を迎えたい。
大晦日に私の実家に行き、深夜日付が変わったと同時に初詣へと出かけ
元日の昼間に自宅に戻って年賀状の返事を書いていた。
相変わらず寒い元日。たまに雪が舞い、気が気ではなくなる。

「あっ……ちょっと痛いかも」
我慢強い妻がこう言うときは「ちょっと」ではないケースが多い。
動揺させないよう、こちらも平静を装いながら、病院に向かう準備を始めた。

ここから先は、全く覚えていない。
実家に電話をかけて「もうすぐ産まれるかも」と告げたこと
そういえば、義実家に電話をしたことはなくて緊張したこと
病室で妻に付き添って、何やら声を掛けていたこと
あとは、動物園のゴリラか何かのように意味もなくウロウロしていたこと
……要するに役には立ってなかったのだ。
あれだけ色々とシミュレーションしていたのに。

何ということでしょう
……って、ビ〇ォー〇フターかよ。
しかもビフォーとアフターで何も改善されていないじゃないか。
一撃加えておくか。ピコ。

いよいよ、という状態になった。分娩室に案内される。
「ご主人も付き添われますか?」
ここまできてるんだから付き添うに決まってるじゃん
なんて、素直にハイと頷きながら内心ツッコミを入れていたが
実際のところはどうなんだろう。

切羽詰まってくると、流石にもうわくわくなんて気分ではなくなってくる。
部屋に行くのに何を持っていけば良かったんだっけ?
時間かかるならスナック菓子とか食べるかな?
あとは水分補給にペットボトルのジュースでも持っていってあげよう。
ああ、持てないくらいになっちゃったよ

・・妻が入ってしばらくして、分娩室に案内されたそのとき
若い看護師さんがそっと声をかけてきた。
「あの・・・すいません」
いえ、ごめんなさい私には妻がおりますのでせっかくのお誘いですが
「奥様の出産時にお持ちいただくもの、お渡ししていましたよね?どこにありますか?」
え?・・あの、部屋に置いてきましたが何か?
と答える私。

♪片手にスナック♪
♪心はお花畑♪
♪唇にペットボトル♪
♪背中にわくわくを♪
♪アア〜♪

何が「アア~♪」だ(ピコ)

ジュリーもビックリの役立たず野郎には

……いや、私が出るまでもなく
ここまで読んでいただいているお母様方の
「フルスイングピコピコハンマーアタック」
が炸裂していることであろう。

ピコピココン ピココン ピコボコピコ

……ちょっと待って。
誰ですか?どさくさ紛れに本物のハンマー振り下ろしてる人は。
痛いじゃないですか。

出産は、途中で「心音が聞こえない」と大騒ぎになり
看護師さんがお腹の上に馬乗りになって……

「あっ! 出てきた!」

・・・

・・・

赤ちゃん誕生の瞬間で連想するのは
いきなり「オギャー」ときて
「おめでとうございます!」
のパターン。

それが・・・

まさか・・・

いや、あれだけ元気にお腹蹴ってたじゃん

・・・

・・・

・・・

「っくしゅん!」

「あっはっは、寒いのかなぁ」
「ハイ、おめでとうございます♪」
「機械、また故障? 調べといてね〜」

娘の第一声はくしゃみだった。

「ちょっと室温上げておこうかね」
「アハハ」

娘を手渡され
お医者さんや看護師さん達は出て行った。
訳も分からず、笑いながら去る皆さんの後姿を見つめる。
今思えば「わざと」この時間を作ってくれていたのだろうと思う。

そういえば
今日は、あの「いい加減」と評した先生の言っていた1月1日だ。
世間でもめでたい日だが、我が家はもっとめでたい日だ。

初めての「家族3人」の時間。
妻を気遣いながら、初めて出会った我が娘を見る。

かわいい

・・・という感情よりも
まだ「ホッとした」という意識の方が高い。
そして「落としてはいけない」というプレッシャーが腕にかかる。

あっ、そうだ。
お菓子食べる?

問われた妻は、無言で首を振った。
いや、内心は
「疲れ切っているときに何言ってやがるんだ」と
ハンマーを思いっきり振り下ろしたかったところであろう。
代わりに未来の私が振り下ろしておこう。ピコ。

自宅に戻る。
そういえば、独りで自宅にいるのは結婚して初めてのことだ。
独りになると、ようやく父親になった実感が沸き始め
何だかまたニヤけてくる。

お腹が空き、とりあえずカップラーメンを食べることにした。
お湯を注ぎ、ラーメンをすする。
ニヤけて口の横からラーメンが飛び出してきそうだ。

何よりも、味を感じない。
人生で本当に嬉しい時は、味も感じなくなるんだなあ。

食べ終わったあと、容器を捨てようと持ち上げる。

何ということでしょう。

容器の下には、未開封の「スープの素」が敷かれていた。

毎日病院に通い
今度は家族三人での生活を待ち望んで、わくわくした日々。

今、思春期で小憎らしい後姿を見せても
あの日のことを思い出すと、つい笑顔になってしまう。

ところで

ひとつだけ、引っかかることがある。

あのときのスナック菓子とペットボトルのジュースは
どこに行ったのだろうか。(ピコ)

父親歴は間もなく15年。
今では私も完璧な父親になっている(ピコ)。

あれ?
誰かに叩かれている気がするピコが、きっと気のせいだピコ。

 

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