副業・ライター

漂うブルーマウンテン~3000文字チャレンジ「カフェ」~

3000文字チャレンジ、今回は創作版です。
登場人物は全て実在しませんので、ご留意ください(^^;)
それでは、スタートです。

仕事のために通う馴染みのカフェ。
パソコンの画面から目を逸らした。
視線の先には、若い男女の姿。女性が勢いよく立ち上がった、その物音で周囲の注目を浴びているのだ。やがて、その女性は男性に向けてコーヒーをぶちまけ、ヒールを鳴らして去っていった。
「カランコロン」
カフェの出入口から、女性の勢いと裏腹に心地よい金属音が鳴り響く。
おお……こんなシーン、映画やドラマ以外でもあるんだ。変な感動に包まれた中、隣のテーブルにいた女性がつぶやく。
「ちょっと……かけ過ぎたんじゃない?」
コーヒーをかけられた男性も「お騒がせしました」とばかりに、周囲に軽く一礼し、すぐ脇を通り過ぎて行った。

ジャケットにかかったコーヒーの香りが漂う。間違いない、ブルーマウンテンの香りだ。コーヒーの中では高級の部類だが、男性も恐らく彼女の為に無理をしたのであろう。ブルーマウンテンはバランスのいい風味や苦みがあるが、好き嫌いは別れるから気をつけた方がいい。どちらにしても、それをぶちまけられてしまっては勿体無い話だ。
そういえば、今日はあちこちからブルーマウンテンの香りが漂っている。「本日のコーヒー」はブルーマウンテンなのか。「本日のコーヒー」は、このカフェで最も安価に提供されているメニューだ。もしそうだとしたら、随分太っ腹である。
店員さんを呼び、「本日のコーヒー」を注文し、ブルーマウンテンの香りを確認してから作業に戻った。
先程の喧騒が嘘のように、店内にはまたジャズの音楽が静かに心地良く駆け抜けていく。やがて、今日は珍しく奥にいたマスターがカウンターに現れ、テーブル席に座る僕に声をかけてきた。
「青山さん。今日も頑張っているね」
「あ、どうも」
マスターに視線を向けて、すっと手を上げた。
「じゃ、今日もごゆっくりね」
「あ、マスター。本日のコーヒー、太っ腹だね」
「あ? ああ……ありがとうね」
そう答えると、マスターはまた奥へと消えていく。

先程のマスターの反応に、じわじわと違和感が込み上げてきた。あの反応を見ると、本日のコーヒーでブルーマウンテンが出されているのを知らないのではないか。すると……ブルーマウンテンを勝手に提供したのは誰だ?
マスターの奥さんは料理担当で、コーヒーに関わったのは見たことがない。となると、あとはアルバイトのお姉さん2人だけだ。1人はいつもやる気の無さそうな子。最近眼鏡を変えて雰囲気は変わったが、相変わらず淡々としている。わざわざマスターに隠れてブルーマウンテンを提供するなんて、そんな手の込んだ悪戯はしないだろう。すると、もう1人。明るくて元気な働き者で、愛想も良い。お釣りを間違えるなど、そそっかしい面もあるが、憎めない存在だ。彼女目当てに通う常連も多いと推測する。性格の良さそうな子だけに、裏でそんな企みをするなんてショックだが、消去法ならばこの子に間違いなさそうだ。性格を考えると、この子が主体ではなく、常連の誰かに要求されているのではないか。

いつもの顔を眺める。
窓側の奥の席が指定席の、齢80ほどの男性。彼はコーヒーの味に拘るタイプには見えない。彼が拘るのは席の位置だけであり、ゆったりと新聞を読んでいるだけだ。次に、カウンターの真ん中が定位置の、スーツ姿の男性。いつも正午前に現れる。少し早い昼休みに近くのオフィスから通っているのだろう。しかし、彼の目的は、いつも注文する奥さんお手製のナポリタンである。コーヒーに細工をしようとは考えないはずだ。そして、ランチタイムが終わった頃に現れるおばさん2人組。言うまでもなく、この2人の目的はおしゃべりだ。では誰の仕業だろうか。

推理に疲れた。
少し早いが、帰って休むことにしよう。結論を急ぐ必要はない。
会計に向かい、明るくて愛想の良いほうのお姉さんに話しかけた。
「本日のコーヒーにブルーマウンテンだなんて、得した気分だよ」
お姉さんは目をまん丸にして答えた。
「本日のコーヒーは、当カフェのオリジナルブレンドですが……」
やはり、この子が一枚絡んでいる。本当のことが言えず苦しい表情にも見える。
あとは動機、そして共犯者の特定だ。
僕は足早に家路に向かう歩道を歩いた。

……

♪カランコロン♪
「ありがとうございました〜」
最後の客を接客担当の千春が見送って、店の戸締まりを始める。
「今日はロケがあって大変な1日だったね。お疲れさま」
全員に向かってマスターが声をかけた。地元の大学の演劇部より依頼を受けて行ったロケも、滞りなく終えることができたようだ。
「貴方がずっと奥に引っ込んでいたのは、映りたくなかったから?」
夫人の問いかけに、笑いながらマスターが頷く。
「それにしても……あの彼女役の子、随分派手にコーヒーぶちまけたよなぁ」
「あのコーヒー、ブレンドを出したの?」
「まさか。ぶちまけられるの分かってたから、あれはインスタントだよ」
「そうよね。それにしても、青山さんが大人しくしていてくれて良かったわね。彼にだけロケのこと伝えていないなんて」
「戸締まりオッケーです」
夫人に責められて気まずそうな表情を浮かべるマスターを助けるようなタイミングで、千春の元気な声が響いた。
「チーちゃんお疲れ。そういえば青山さん、今日は早くに帰って行ったね」
「マスターが構ってくれなかったからじゃないんですか?」
「俺が? いやいや、チーちゃんが冷たくしたんだろ?」
「そんなことないですよ。『本日のコーヒーがブルーマウンテン』だとか言われたので『オリジナルブレンドですよ』ってお答えしただけです」
「アッハッハ。あの人、ブルーマウンテン以外知ってるのかなぁ。ブルーマウンテンの知識も昨日教えたばっかりだけど。ブルーマウンテンといえば……あの人の本名、『青山さん』じゃないのは知ってるよな?」
「マスター、それ教えたの私じゃないですか。お支払いのときに財布の中身ぶちまけて、免許証見ちゃったって」
「え? マジで?」
千春とともに接客を担当している友希が会話に加わる。
「そうなんですよ、ユキさん。ビックリでした」
「でも……何で?」
「小説の主人公を意識したんじゃないかしら? 珈琲店タレーランのシリーズ」
小説好きの、マスター夫人の推理だ。
「青山」のことは、カフェのスタッフ全員が気になっていた。マスターが彼自身に職業を尋ねたことがある。彼はそのとき「ライター」だと言っていたが、どんな記事を書いているのか分からない。カフェでも、パソコンは開いているが、ほとんどの時間は人間観察をしているだけに見える。
「掃除終わったんで、もう帰っていいっすか?」
かったるそうに友希が尋ねた。いつもやる気が無さそうに見えるが、実は片付け上手でカフェには欠かせない存在だ。この日も流石に仕事が早い。
「あ、そうだ。マスター、奥さん、一昨日キッチンとか色々整理したんで。位置は変えてないっす」
「ユキちゃんありがとう。お疲れ様〜」
「マスター。明日新しいコンタクトレンズ届くんで、ちょい遅れるかもです」
「はいよ。焦らなくていいから気をつけておいで」
「あら、ユキちゃん。じゃあ明日はイメチェン? 楽しみにしておくわ」
「奥さん、ありがとうございます。っつうか、先週眼鏡壊れてから視界悪いっすからね。じゃ、おやすみなさい」
「お疲れ様。チーちゃんも帰っていいよ」
「は〜い。おやすみなさい」

「さあ、俺達も帰ろうか」
「そうね」

「あれ? おかしいな」
「どうしたの?」

「ブルーマウンテン、この間仕入れたばかりじゃなかったっけ?」

-副業・ライター

Copyright© 1970'sブログ , 2021 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.