副業・ライター

神様への願い事~3000文字チャレンジ「イチゴ」~

貴方は、神様への願いが叶った経験はあるだろうか。
私は、ある。
あれは……今からまだ10年経っていない、とある冬の日だった。
勤務時間のうえでは激務というほどではない……
それでも、重圧のかかる仕事に1人で関わっていた。
誰にも頼れない日々。
眠れない日々が続き、気付けば睡眠不足が常態化していた。

神様に頼めるとしたら?
そんな状況のときに、不意に問われたのだ。
私は即座に答えた。

……

今思えば、1か月程前から前兆はあったのだろう。
よく壁にぶつかるようになり
1日に一度は、足の小指を柱やベッドなどの隅で強打した。
「痛えな、この野郎」
勝手に蹴っ飛ばされた挙句に
暴言を吐かれた柱やベッド。
理不尽な態度にも耐え、じっと黙っている。
君達は大人だなと私は思う。
年輪を感じる……木材だけに。

って、かなり頭の調子が悪いようだ
とか言って
じゃあ調子が良かったことはあるのか?

……そんな話はともかく。
体にかなりガタが来ていた私。
そして、ある寒い日の夜
堤防が決壊した。

赤く点滅した光は
何となく頭の片隅に残っている。
しかし、何故自分が病院にいるのか理解していない。
まして、救急車に乗った記憶など全くない。
「大丈夫」を繰り返す私に対し
主治医だという白衣を着た目の前の人物は
呼吸のついでに吐いたかのように、あっさり宣告した。
「入院だね」

いや待ってくれ。今日はしなければいけない仕事があるし
今週中に提出しないといけない書類が……
実際に私がどこまで主張したのか、全く記憶がない。
体が動かないのは感じている。それでも、それを認める気はさらさらない。
「移動は車椅子で」
と言われても、意味が分からなかっ……いや、分かろうとしなかった。
そして、看護師さんの目が行き届かない隙に、歩いて移動
……しようとして、一歩目で床に崩れ落ちた。
私の部屋は、ナースステーションの真ん前の個室にされ
監視の為か、部屋の扉は開けたままにされた。

〜地獄〜
そう聞かされて、貴方は何を思い浮かべるだろうか。
私は、あの動けなかった数週間を思い出す。
何もできない日々。
暇な時間というのは、こうも過ぎるのが遅いものか。
大分前に午前7時半だったから、そろそろ正午くらいか……
そう思っていた私の部屋に、病院食が運ばれてきた。
「ごめんなさいね!10分は遅れていないから許してね」
運ばれてきたのは……
7時半に来るはずだった、7〜8分遅れの朝食だった。
「そんな馬鹿な、大袈裟過ぎるだろ」
そう貴方は思ったかもしれない。
いや、私自身がそのとき常に思っていたのだから、無理もない。
「これは悪夢に違いない。寝て起きたらまた今までの日常が始まっているのだ」
毎日真剣にそう考えていた。

今なら、当時体調が相当悪かったことは分かる。
だいたい、入院初日2日目くらいは食事なぞ全く喉を通らなかった
(いやそれ以前に、初日は記憶すら曖昧だが)。
「イチゴくらい食べたら?」
そこそこ会話をするようになった看護師さんに勧められたが、何一つ食べる気がしない。
「まぁ仕方ないか」
溜息混じりに食事は下げられ、代わりに点滴の本数が増えた。
それでもなお、頑なに現実の受け入れは拒否し続けた。
「神様、これは夢だと言ってくれ」
それでも、長〜い夜を終えると現実が突きつけられる。

数日が経った頃だろうか。
そこでようやく「これは現実かもしれない」と諦めの気持ちが芽生えた。
いや、それでもなお「かもしれない」なのだから
私という人間は、人生最後の「いざという時」
恐ろしく往生際が悪いのだろうと推測する。

問診に現れた主治医の先生に「大丈夫?」と聞かれた。
「いや……節々が痛くて辛いですね」
すると、主治医の先生は笑い出し、その口から意外な言葉が飛び出した。
「ああ、大分良くなってきたね。余裕出てきたでしょ?」
「は?」
「あのね。ご自身が置かれている状況をやっと理解できてきたってこと。貴方、今まで『大丈夫』しか言わなかったんだよ。置かれている状況を認めるだけの体力的・精神的余裕が無かった証拠。だから、着実に回復していますよ。このまま頑張りましょう」
まあこんな感じのことを言って去っていった先生。
余裕……
言われてみれば、それまでも先生は問診に来ていたはずなのに
全く記憶がない。
しかし、私はまだ全てを受け入れる余裕ができた訳ではなかった。

事情が変わってきたのは
妻が持ってきてくれた本に手を伸ばし始めてからだった。
「どうせなら、読書に明け暮れるのもいいか」
やっと、そう開き直って考え始めたのだ。
本好きだったのに、そういえば5年10年単位でまともに読書していなかった。これはいい機会だ。

本を読み始めると、また新たな問題が出てきた。
小説の一冊や二冊、一日あればゆっくり読んでも読み終えてしまう。
妻が持ち込んでくれた在庫はあっという間に読み終え、また地獄のように暇な時間が訪れる。
やっと動き回れるようになった私は
看護師さんの目を盗み、病院の売店に出かけ
ノートとシャープペンを買ってきた。

「小説でも書いてみるか」
何故そんなことを思い立ったのかは、我ながら分からない。
そういうことが元々好きだったのであれば分かる。
いや、文章を書くこと自体は好きだった。
人を笑わせることが好きだったため
ブログや掲示板などで、ネタを提供するための文章もよく書いてはいた。
しかし、元々体育会系の人間である。
長時間じっとして何かをするなんて、普段なら考えられない。
強いて言えば、そんなことを思い立つくらい暇だったのだろう。

手書きだったにも関わらず
入院中だけで、ある程度の話はまとまった。
ノートに書いた話がどんなものだったのか
大体のストーリーは覚えている。
最後は、主人公と恋人がイチゴショートケーキを食べながら
……あっ。
今書いていて気付いた。
何故イチゴショートケーキだったのか。
この小説を書き上げる段階で
入院当初食べられなくて残したイチゴに執着があったのかもしれない。
ちなみに、その小説。
何をトチ狂ったか
回復して少し寝かせたあと、某文学新人賞に応募してしまった。

結果?

良かったら大々的に自慢しているか
何かを勘違いして小説家を名乗っているか
どちらかしているだろう。

さて、話を入院生活に戻す。
ベッドに独りでいる時間、私はひたすら文章を書き続けた。
このときに書いた「信じられないほどの長文」は
今のライターという副業に活かされていると思う。
なぜなら、この経験のお陰で
1万文字以上の案件も抵抗なく書けるようになったからだ。
もしも貴方が長文を書けず悩んでいるのであれば
思いっきり長い文章を、思いつくままに
つらつらと書いてみるのもいいと思う。
人には向き不向きがあり、この方法が必ず合うとは限らないが
うまくいけば、長文が苦にならなくなるだろう。

入院生活での過ごし方を見つけ
看護師さんと世間話もできるようになり
病室からのすり抜け方も上手になった頃
やっと退院の日を迎えた。

「ちょっと、大丈夫?」
職場に復帰したとき、声をかけられた。
「大……」
いや待て。
ここで「大丈夫」と言っていいものかどうか。
〜貴方、今まで『大丈夫』しか言わなかったんだよ〜
主治医の先生に言われた言葉が蘇る。
「いや、まあ……ご心配おかけしました」
「あれ? 殊勝なこと言っているってことは、まだ本調子じゃないね」
やかましいわ……

ただ

その後に付け加えられた一言には本気で戸惑った。

「元気になったから言えることだけどさ……ある意味、願いが叶ったよね」

何言ってんだ、コイツは。

「だって、言ってたじゃん」

そのときの記憶を呼び戻してみた。
私が即答した、あの質問。

……

「神様に頼めるとしたら何頼む?」
「1か月くらい何もせずに寝ていたいね」

……

神様ありがとう……でいいのだろうか。
いや、良くはない。
妻や娘、家族にも迷惑をかけたし
正直なところ、失ったものもあるはずだ。
でも、今Webライターを副業にできているのは
確実にあのときにした経験のおかげである。
神様は「願いを叶えて」健康の大切さを思い知らせ
新しい可能性にも気付かせてくれたのだろう。
そういう意味では感謝したい。

あと、神様。
もう一つ望むのであれば

あのとき食べられなかったイチゴをください。

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